


みなさん、こんにちは。国民民主党の「かわい昭成(あきなり)」です。
私がなぜ、技術者としての道を歩みながら政治の世界を志したのか。そして、地方議員としての16年の経験を経て、なぜ今、国政への挑戦を決意したのか。
私の原点と、これからの決意をお伝えいたします。

1973年、私は転勤族の家庭に生まれました。幼少期は人前で話すのが苦手で、すぐに赤面してしまうような子供でした。好きだったのは、絵を描くことやレゴブロックで街を作ること。「自分の手で何かを作り出す」ことへの興味が、後の進路を決定づけました。
早稲田大学理工学部で機械工学を学び、大学院修了後は「現場を知らずして物は作れない」という想いで、研究職ではなく工場の現場配属を希望し、東レ株式会社に入社。ここ滋賀の地でエンジニアとしてのキャリアをスタートさせました。
労働運動での「悔しさ」 転機は労働組合の活動でした。職場のリーダー、そして書記長として、働く仲間のために賃上げや処遇改善の交渉に奔走しました。 しかし、労使で必死に議論して賃上げを勝ち取っても、法律が変われば税金や社会保険料が上がり、手取りは増えない。健保組合で努力して黒字化しても、国の制度変更で吸い上げられてしまう。
この強烈な悔しさが、私を政治へと駆り立てました。働く人、生活者の声を直接政治に届けなければ、暮らしは良くならない。
その信念が、私の活動の原動力です。



2011年に大津市議会議員に初当選し、その後滋賀県議会議員を含め計4期16年務めました。「現場の声」を政策にするため、地道に、しかし着実に結果を出してきました。




地方議員として活動する中で、「国の法律や基準が変わらなければ、現場は救えない」という場面に何度も直面しました。
例えば、学校事務職員の配置基準や、公定価格で決まる介護職員の賃金など、地方の努力だけでは限界があるのです。 だからこそ、私は国政の場で、以下の政策を実現します。
物価高に負けない賃上げを実現し、減税と社会保険料の軽減で、現役世代の「手取り」を確実に増やします。
資源の乏しい日本が生き残る道は「人」と「技術」しかありません。
これが私の座右の銘です。 トンボのように、決して後ろには退きません。 生活者、納税者、働く皆さんの立場に立ち、偏らない現実的な政治で、日本の停滞を打ち破ります。皆さんと共に、新しい答えをつくっていきたい。 かわい昭成に、あなたの一歩を託してください。


